説教原稿

2010年5月9日
「福音を力強く証しする」
使徒言行録20:15-38

主のよみがえりの朝を迎えております。私たちの信じる主イエス・キリストは、墓からよみがえられた方、そして、天に上られ、神の右に座り、私たちのことを弁護しておられる神ご自身です。今日も私たちは、この方の御名をあがめます。

ローマ書からパウロの手紙を読んでまいりました。さあ、いよいよエルサレムに向かうというところとなりました。

ローマ書は、おおよそ紀元56年ごろ、パウロがギリシャのコリントに3カ月滞在していた時に書かれた手紙です。これは、パウロの第3次伝道旅行の中書かれた手紙です。
パウロがダマスコ途上で主に出会い、心捉えられてから20年の月日が経っていました。20年経ってなお、彼は、もと自分がいた、エルサレムのユダヤ人たちの頑固さと、戦っていました。そして、異邦人世界に住む、異邦人たち、そしてユダヤ人たちに伝道し、めざましい成果を上げていました。

たとえば、パウロがこのコリントの町に入る前、彼は今のトルコという国の中にありますエフェソという町に3年いましたが、パウロの手を通してめざましい奇跡が行われ、人々はみな恐れを抱き、主イエスの名は大いにあがめられ、信仰に入った大勢の人が来て、自分たちの悪行をはっきりと告白し、魔術を行っていた多くの者も、その書物を持ってきて、皆の前で焼き捨て、その焼き捨てた本の値段は、見積もれば銀貨5万枚分にもなったとのことでした。

パウロは、異邦人の世界で、このように、イエス・キリストの福音を力強く証ししました。

そしてコリントへ行き、このキリストの福音こそが力ある救いであり、人を救う力であることを、ローマの教会の人たちに、クリスチャンとなった異邦人たちと、ユダヤ人たちに、はっきりと知っていてもらいたいと、手紙をしたためたのです。
福音に生きる者たちが、その福音を、高い高い純度で知り、信じ、そして、福音に生きていくということ、これが大切なことであると、パウロは、知っていました。

パウロは、ローマ書を書いた後、前回も読みましたように、危険を覚悟のうえ、異邦人教会からの献金を携えて、エルサレムの、迫害下の教会を助けたいと、出かけていきます。異邦人教会と、エルサレムの教会をつなぎ合わせるために、そして、ユダヤ人たちを目覚めさせて、キリスト・イエスを信じる者へと導くために、これからユダヤの中心地、エルサレムへと出かけていきます。

私たちは、ローマ書の最後の部分に進む前に、彼がローマ書を書いていたコリント滞在のしるしてある第3次伝道旅行のことを知ることのできる、使徒言行録20章前後へと移り、彼がどんな状況の中でローマ書を書いたかを知り、そして、ローマ書を書き終えてから、コリントを出発した彼の身に、どのようなことが起こったのかを、順を追って読んで行きたいと思うのでございます。

さてエフェソでのめざましい成果の後、コリントでローマの教会への手紙を書いたパウロは、エルサレムへと出発します。
その通り道で、3年間伝道生活をしたエフェソの教会の長老たちに出会うことにしました。もう2度と会うことはないだろうというパウロの預言は、的中するのです。パウロは、エフェソの教会の長老たちにあって、彼らを励まします。
パウロのエフェソ教会への告別説教、この個所は、そのように呼ばれています。
その告別説教を、今日は読んでまいりましょう。

今日お読みいただきました、16節に、「できれば五旬節にエルサレムについていたかったので旅を急いだ」とありますが、お祭りの時に喜びの献金をささげ、人がたくさん集まるお祭りの時に、人々に、主の証しをしたいと思ったのでしょう。私ならば、人が少ない時にこっそりと、献金だけ届けて、またこっそりと、安全なところに避難したいと思うだろうなあと思いますが、パウロは、違っていました。

パウロは途中寄りながら、ここエフェソから2週間くらいでエルサレムに到着するのですが、五旬節、即ちペンテコステに間に合うようにと言っていますから、ちょうど私たちは再来週、ペンテコステを迎えようとしていますから、今頃、まさにパウロは告別説教をしていたということになります。

旅を急ぐパウロは、エフェソには行かずに、旅の途中のミレトスという町に長老たちを呼びます。そして、いよいよ話し始めます。

「アジア州に来た最初の日以来、わたしがあなたがたと共にどのように過ごしてきたのかは、よくご存じです。すなわち、自分を全くとるに足りないものと思い、涙を流しながら、また、ユダヤ人の数々の陰謀によってこの身にふりかかってきた試練に遭いながらも、主にお仕えしてきました。」

直訳しましたら、「すべての謙遜と、すべての涙、すべての試練と共に、主のためにお仕えして、あなた方と共に過ごしてきました」となります。

もうこれ以上にはないというすべての謙遜を持って。大使徒パウロは、エフェソの人たちに、接してきました。これは、イエス・キリストにもみられることです。弟子の足の裏を洗って下さった、奴隷の仕事を引き受け、そして至るところは、身代わりの死。この生き方を、パウロも、選びました。イエス・キリストを、先生と仰いだのです。

すべての涙と共に。 うまく行く時もあれば、誤解を受けることもあります。うまく行きかけたのに、妨害にあって、すべてを崩されてしまうことがあります。
涙を流すまでに、打ち込むということ、なかなかありそうで、ないことです。宣教は、間違いなく、パウロのライフワークでした。彼の、生きるあかしでした。彼の存在理由でした。彼はそういう、自分を投げ込んで奉仕するというものを持っていました。
すべての涙。使命感から来る涙もあれば、彼自身の身が、危険にさらされることがありました。すべての試練。ユダヤ人たちの陰謀によって身に降りかかるすべての試練。
いつもいつも、試練と涙の連続でした。外へ、内へと、様々の問題が、苦しみが襲いかかります。しかし彼は、すべての謙遜を用い、忍耐を用い、涙を流しながら、歯を食いしばって、すべての試練を乗り越えて来ました。
信仰に立って、乗り越えて来ました。そうです。私たちにとっても、乗り越えられない、試練、悲しみは、ありません。
私たちは、自分が最後にはどこに行くのかが、分かっているのですから。そして、私たちは、この最高の務めを、永遠のいのちに至らせる証しの奉仕を、投げ捨てることはないのです。

20節、「役に立つことは、一つ残らず、公衆の面前でも方々の家でも、あなたがたに伝え、また教えてきました。」
役に立つ事とは、何に対して役に立つことでしょうか。生活に役に立つことでしょうか。
21節、「神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰」に対してです。世の中には、数多くの、「役に立つ情報」があふれています。「処世術」や、ハウツー本、哲学があふれています。しかし、本当に役に立つ事とは、「神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰」、いわば、神の福音です。
パウロは、この福音を、ユダヤ人に対しても、ギリシャ人に対しても、力強く証ししてきました。
パウロは、ローマ書の中で、こう語っています。
「わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」(1:16)

私たちが手にしている福音こそ、すべての人に救いをもたらす神の力です。知恵の知恵、いのちの知恵です。この福音は、この私たちの同胞、日本人にとって、あってもなくてもよいものではなくて、なくてはならないものなのです。公衆の面前でも、方々の家でも、一つ残らず、この福音をお伝えしたいのです。

22節、「そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、何も分かりません。
23 ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています。」

パウロがキリストと共に歩み始めて20年の月日が経っていました。彼はひたすらに、キリストによる救いを宣べ伝えて来ました。そしてこれから10年、彼はローマのネロ帝によって殺されたと聞きますが、エルサレムに向かってからの10年は、引かれて進む人生です。人が自分に帯をして、自分の意思と関係なくひかれて行く人生です。しかしそれでも、パウロは、それを霊によって、聖霊によって導かれた人生だと、語るのです。自分の迫害されるのも、傷つけられるのも、殺されるのも、すべてが主の証しのためだと彼は語っています。

「栄誉を受けるときも、辱めを受けるときも、悪評を浴びるときも、好評を博するときにもそうしているのです。わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、
人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、
悲しんでいるようで、常に喜び、物乞いのようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています。」Ⅱコリント6:8-10

主の御手の中に運ばれて生きる私たちです。主の最善の導きを、信じる私たちです。

24節、「しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。」

「自分の決められた道」とあります。一般的には、自分にとって決められた道をただ歩むということは、嬉しいことではないかもしれません。しかし、イエス様に出会い、これが生きる道だと気付いた時から、パウロにとってそれは、喜びの道となりました。イエス様が通られた道を歩む。生きるも死ぬもイエス様、イエス様と共にあることこそが幸せ、イエス様に結ばれたパウロにとって、イエス様の道を走りとおすことは、彼にとって喜びでした。神の恵みの福音、福音を見をもって示し、福音を授けて下さったイエス・キリストの福音を力強く証しするこの任務のために、私は命すら惜しくない、キリストに死をもってしても従いゆく、そこにこそ復活のいのちが開いているのだからと、彼は語っているのです。

それゆえ、あなたがたの間を巡回して御国を伝え、一つ残らず、福音を公衆の面前でも、方々でも伝えて来ました。語ることはもう語り尽くした。だから、もう誰のいのちに対しても、私は責任がない、神の計画をひるむことなくあなたがたに伝えたからと、パウロは26-27節に語ります。

こう語り得たパウロはすごいと思います。わたくしはどうか。この東城の町で、同じ3年間でどれだけ、巡回して御国を宣べ伝えたか、公衆の面前で、方々の家で、福音を宣べ伝えたか、すべての謙遜と涙と、試練との中で生きてきたか、神の計画をひるむことなく語り尽くしたかと、心探られます。

さていよいよ、パウロの告別説教のクライマックスです。
28節、「どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神が御子の血によって御自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。」

29-30節、「わたしが去った後に、残忍な狼どもがあなたがたのところへ入り込んで来て群れを荒らすことが、わたしには分かっています。
また、あなたがた自身の中からも、邪説を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現れます。 だから、わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。」

 パウロは、エフェソの長老たちに、羊飼いのように、群れの監督の仕事を命じます。「監督」という言葉は、「注意して見張る者」という意味があります。
邪説を唱えて弟子たちを惑わせ、主の群れから引き離そうとする、残忍な狼どもが入り込んでくる、だから見張っていなさい、御子の血をもって、贖いをもって救われたものが、また再び自分の力によって救われるというようなユダヤ的な教えを吹き込まれることがないようにと、ただキリストの福音の中にとどまるようにと、パウロは力説するのです。

32節、「そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。」「この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。」と語ります。

聖書の言葉は、私たちを作り上げ、恵みを受け継がせ、恵みの中に、救いの中に、私たちを保つのです。この神の言葉に、パウロは群れを委ねました。パウロは自分のやり方、自分の考えに群れを染めたのではなくて、ただ御言葉とイエス・キリストに仕えるしもべとして、群れを導いてきたのです。

35節、「受けるよりは与える方が幸いである」という言葉を実行してきたパウロの言葉が語られます。
パウロは共にひざまずいて祈り、別れを告げると、エフェソの長老たちは、別れを悲しんで皆激しく泣き、パウロを抱き、別れのあいさつをしました。彼らは非常に悲しんで、パウロを船まで見送り、船が見えなくなるまで手を振っていたことでしょう。

今日の聖書の個所の要点をまとめたいと思います。

パウロは、イエス様に出会ってから、イエス様と結ばれ、イエス様と等しい生き方を願い、すべての謙遜と、涙と、苦難とを忍び、それをキリストの道と、喜んで、走り抜きました。彼はそうすることが、主にお仕えすることだと、知っていました。

彼は、本当に大切なものを見てはなれず、神に対する悔い改めと、主イエスに対する信仰とを、公衆の面前でも、方々の家でも、伝え、教えました。自分の道を走りとおし、神の恵みの福音を力強く証しするためなら、命さえ惜しくないと、彼は、思っていました。

最後に彼は、自分の教えたものはすべて、神とその恵みの言葉から来るものであり、自分の栄光がたたえられることよりもむしろ、神様とその恵みとに委ね、長老達を群れの監督として召されていることに気付かせました。

このように、パウロは、常に次の時代を担う指導者たちを育て、彼らのために仕え、ひざまずいて祈りました。
パウロの主にあるリーダーシップと、彼の力強い宣教のスピリットを学び、私たちも、この福音と救いの継承のために、用いられたいと、願うものです。

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