説教原稿

2010年5月2日
「エルサレムと異邦の地を結ぶ」
ローマの信徒への手紙15:22-33

ローマ書も、いよいよ終わりに近づいてきました。
ローマの教会は、パウロが建てたものではありませんでした。他の場所でイエス様を信じた人たちがローマにもどり、そこで信仰生活を送っていました。ですから、パウロは、丁寧に、ユダヤ教と、キリスト教の違いを、ローマの人たちに告げました。
キリスト教は、キリストを知ることから始まり、信じる者は、キリストに似せられて成長していきます。
これは、ユダヤ教においても同じことのはずでした。キリスト教も、ユダヤ教も、同じ天地創造の神様から始まったことでした。
しかし、ユダヤ人たちは、神様が送られた、預言者たち、そしてイエス・キリストを拒んだのでした。

パウロは、当時の世界の中心地であったローマに行き、そして、当時の地中海世界の地の果て、スペインにまで足を伸ばそうと、計画していました。
地の果てまで、キリストの素晴らしさと、キリストの十字架の福音を宣べ伝えようと何年も、願い、計画していました。

パウロの、異邦人伝道の熱烈さ、世界宣教のヴィジョンの力強さというものを、今日私たちは学びます。
当時は、今と比較して、はるかにはるかに、遠い旅が難しいものでした。便利な飛行機も車も列車もなく、頼るのは、自分の足くらいでした。道も良くないものだったでしょう。しかし、「すべての道はローマに通じる」というよき時代に恵まれ、そして、世界的な言語となっていた、ギリシャ語を操り、今でいえば英語のようなこの言葉を操って、彼は、与えられている良き条件をフルに生かして、より遠くへ、より多くの人に、イエス・キリストの福音を宣べ伝えようとしていました。

私たちは、今便利な現代にあって、逆に、自分が動かなくても、誰かが宣教してくれるだろう、世界が小さくなっているから、誰かが行ってくれるに違いないと思っているかもしれません。もう世界には、キリスト教は、広がり尽くしたと、思っている向きもあるかもしれません。しかし、まだ宣べ伝えるべき国は、たくさん残っています。そして、私たち日本のクリスチャンでしか、赴くことのできない国々が、残されています。

一つの例として、日本アライアンス教団が、ここ数年支援しています、ミャンマーという国が上げられます。軍事政権によって動かされているこの国には、欧米の宣教師が入る余地はありません。仏教の盛んなこの土地で、肌の色、姿の違う欧米人が、大々的に宣教する道は、開かれてはいません。この国の中でも、ミャンマー人の教会はしばしば迫害にあっています。教会堂をこれから立てるという時、建築途中の土地、建物が、突然政府に取り上げられることがあるそうです。こういう難しさの中で、クリスチャンたちは、信仰生活を送っています。日本アライアンス教団は、ミャンマーの神学校建設を助け、その教師の給料を支援してきました。1か月の給料が5000円というような金額でも、彼らが支え続けることは困難ですが、私たちの力を合わせれば、彼らを支援することが出来るのです。

海外に目を向けることは、とても大切なことです。とりわけ、困っている海外の教会を助けるということは、一つ体なる教会の働きとしては、大変に意味のあることであり、祝福につながることです。

パウロは、自分の働く場所で忙しくしており、何年も、ローマの教会に行って、自分の目でその群れを見て、励まし、支えたいと思っていましたが、妨げられていたと語っています。これは、アジアやマケドニアなど、彼が伝道していた地域の要請によるものでした。自分が建設した教会が十分に強くなるまでは、責任を全うしなければならない、そうして強くなったならば、育てられた教会は、次の教会建設のために協力する、こうして、パウロの世界宣教は、果たされて行ったのでしょう。

そしてついにその時が来ました。マケドニアとアカイア、今のギリシャとその北にある地域の人たちから送り出され、ローマに行き、そこで交わりの喜びをかみしめつつ、さらに西の果て、イスパニア、つまりスペインにまで出向いて行こう、彼の壮大な計画は、今まさに、始まるところでした。

しかし彼は、足を西に向けず、東へ、エルサレムへと、向かうことにしたのです。それは、彼が、エルサレムのクリスチャンたちが、迫害と飢饉のゆえ、食べることも難しいようなきびしい貧しさを体験していたからです。
パウロは、自分の宣教のビジョンを脇において、エルサレムのクリスチャンたちのために、出かけることにしました。そして、マケドニアとアカイヤの人たち、つまり異邦人クリスチャンたちが、エルサレムの貧しいクリスチャンのために、援助することに、喜んで同意したのです。

「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」(マタイ20:16)という聖句の通り、あとから生まれた異邦人クリスチャンが、割礼を受け、選民ユダヤ人のクリスチャンを助けるということになりました。母体であるユダヤ教、そこからクリスチャンになったもの、そして異邦人クリスチャンたち、これらの人たちが、一つ交わりであり、一つ家族であるということを、その交わりを、献金によって成し遂げるということ、これが異邦人伝道に召されたパウロの使命でした。自分の導いた異邦人クリスチャンが、しっかりとクリスチャンの交わりという幹につながれることを、彼は願っていました。

「異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。」とパウロは語っています。
そして、マケドニアとアカイアのクリスチャンたちは、パウロが義務だなどというまでもなく、喜んで援助に同意したとあります。

今でも、ユダヤ人クリスチャンのために、世界のクリスチャンが祈り、支えるという働きがあります。私もアメリカ留学中に、イスラエルの、ユダヤ人の方で、クリスチャンになられたという男性にお会いしたことがありますが、それはそれは嬉しい出会いでした。
やはり神様は、選民イスラエル、ユダヤ人と共にご計画を現わされ、今なおご自身のユダヤ人に対して、何か特別なご計画を持っておられ、後に救われた私たち、異邦人クリスチャンたちは、霊的なルーツを持つ彼らの助けをすることが出来れば幸いであると思います。

パウロは、マケドニアとアカイアのクリスチャンたちに、エルサレムのクリスチャンたちを助けることが義務だと語っていました。そして、パウロ自身も、そのことを義務と考えていました。
異邦人伝道に対して理解のないユダヤ人たち(そこは、もともと長い間パウロ自身が身を置いていたところでした)、そして彼らからの迫害を恐れて、なるべく異邦人のことではいらぬ刺激を与えたくないとびくびくしているエルサレムの教会の仲間たち。
異邦人の町々で、成功を収めていたパウロは、みすみす火中の栗を拾いに行くようなものでした。
彼にとったら、ローマへ、スペインへと、世界の中心へ、世界の端までも、宣教をやり遂げるということがどれだけ慕わしいものであったことでしょう。しかし、彼は、危険を冒しても、やはりエルサレムのクリスチャンたちの窮乏を見て見ないふりをすることは、出来なかったのです。

きっと分かってくれるはずだ。そしてきっと喜んで受け取ってくれるはずだ。そうしたら、私は、西に進路を戻して、あふれるほどの祝福を持って、ユダヤ人も異邦人も、一つに結び合わされた祝福を持って、ローマへ、スペインへ向かい、イエスキリストの福音を、十字架の福音を、高らかに宣べ伝えようと、彼は思っていました。

そこで、30節からの祈りの願いが、語られています。
私たちの主キリストによって、また、霊が与えて下さる愛によってお願いします。どうかわたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈って下さい。

パウロの切実な願いが記されています。

わたしがユダヤにいる不信の者たちから守られ、エルサレムに対する私の奉仕が聖なるものたちに歓迎されるように、

彼は明確に、ユダヤ人たちの迫害を案じていました。自分が彼らの群れから離脱し、迫害していたキリストを宣べ伝えるようになったばかりか、異邦人たちをも、割礼の無きままに義と認めているということは、当然ユダヤ人たちの怒りを買うものでした。しかし、救いは、イエスキリストの十字架以外には、決して存在してはならないのです。もしも割礼や、律法の行いによって救いが得られるとしたら、キリストの十字架は、無意味なものとなってしまうのです。
そして、パウロの心配は、エルサレムにいるクリスチャンたちにも向けられます。彼らは、本当に、私が宣べ伝えてきた、キリストの福音、異邦人の救いを受け止めていてくれるのだろうか、エルサレムに対する私の、クリスチャンたちへの奉仕が、歓迎されるのだろうかと、彼は心配し、祈って下さいと、ローマのクリスチャンたちに、願っているのです。

異邦人たちは、喜んで、一つ体、姉妹教会の姉教会、エルサレムの教会のためにささげているというのに、エルサレムの教会ときたら、かわいい妹教会の存在を本当に受け入れてくれているのだろうか。パウロには深い悩みがありました。自分の身がどうなってしまうか分からない、命の危険をも押して、しかし、エルサレムの教会と、異邦人の教会、もっといえば、ユダヤ人がキリストの福音を受け入れるようにと、パウロは東へと足を進めたのです。

こうして、すべての奉仕を無事に終え、神の御心のうちに、喜びのうちに、ローマに行き、ローマのクリスチャンたちと共に行こうことが出来るように、私と一緒に祈って下さいと、パウロは懇願したのです。

平和の源である神が共におられるようにと、パウロは締めくくりますが、平和は、当時の大国ローマからもたらされるものではなく、神ご自身からもたらされるものです。すべてを治め、すべてを御心のうちに動かしておられるのは、神お一人です。この神様から、平和はもたらされます。平和を願ったパウロでしたが、この後エルサレムに向かい、ユダヤ人たちのこぶしの雨にさらされ、鎖につながれ、逮捕され、囚人として引かれて彼は裁判を受ける者としてローマの地を踏むことになります。この模様は、使徒言行録の最後のところに記されてあります。
私たちは、彼の最後の歩みを追いながら、彼の伝道を見届けたいと思います。

平和の源なる神様は、ご自分の良きご計画のうちに、パウロを用いられます。キリストしかり、ステファノしかり、パウロしかり、麦が地に落ちなければ、それは一粒のまま、しかし地に落ちれば多くの実りをもたらすとのごとく、神様は、パウロへのご計画をお立てになります。
神との平和、それは、ただ一つ、キリストの十字架によってのみ与えられるものです。

今日私たちが学んだことを整理したいと思います。

まず私たちは、パウロの世界宣教のスピリットを学びました。限られた可能性を最大限に生かした、機会あれば地の果てまでと、いつも願っていた彼の姿勢を学びました。

次に私たちは、自らの思いがあろうと、危険を顧みずに、エルサレムに戻り援助するパウロの姿を学びました。異邦人教会の暖かさも知りました。それに比べ、キリストの福音を知らない人たちの冷酷さと、臆病さを知りました。
最後に、私たちは、パウロの果たせなかった夢を知りました。彼は、囚人としてひかれ、ローマの教会を見ることはできましたが、スペインの地を踏むことはできませんでした。私たちが、かれの屍を越えて、地の果てにまで宣教者となるのです。私たちは、この日本の地で宣教の根を張り、そして世界を見渡す宣教者でありたい、そして世界の教会の貧しさを担うクリスチャンでありたいと、願うものです。

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