説教原稿

2010年2月7日
「上に立つ権威に従うべき」
ローマの信徒への手紙13:1-7

先週は、愛をもって、善に生きるという聖書の教えがありました。
まず最初に隣人を尊敬し、主に仕え、希望を持ち、貧しきを助け、迫害する者のために祝福を祈れとありました。悪をもって悪に報いず、復讐を主に委ねて、むしろ善をもって悪に打ち勝てとありました。
それはまさに、キリストの愛でした。キリストに生きるという事が教えられていました。
ローマ書7章には、私はなんと惨めな人間かと記してあります。
善をなそうという意思はあれど、それを実行できない自分、望む善を行わず、望まない悪を行ってしまう自分、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという事、そこで何と自分は惨めかとパウロは嘆きました。
分かっちゃいるけどやめられないという言葉がありますが、私たちは、本質的に隣人を尊敬できないものです。自分が高く上げられることを望むものです。主に仕えるよりもむしろ自分に仕えてもらいたいと望み、希望を持つよりも失望しやすく、迫害する者には祝福どころか復讐しやすいものです。悪に対して悪を持って報復し、悪に対してたやすく負けてしまいました。
善を行うよりも、悪を行う方が、数倍たやすいものでした。
悪口を言われて祝福の言葉を返すよりも、売られたケンカは数倍にして返す方が、どれだけたやすいことでしょうか。
私たちがどれだけ望む善を行わずに、望まない悪を行ってしまうべき存在であるか、パウロは、重々承知しています。
救いは、私たちの行いではなく、恵みによる、信仰によると、この手紙では口を酸っぱくして語られてきました。何度も何度も、ユダヤ教とキリスト教の違いが語られてきました。この手紙の目的は、本当のキリスト教を知るという事です。その意味で、今日も、私たちに大きな悟りを与えます。

行いではなく、恵み。
パウロはあの絶望的な嘆きの後に、ああ私は惨めだという嘆きの後に、何と語っていたでしょうか。
私たちの主キリストを通して神に感謝いたします。罪を取り除くために御子を送り、その肉において罪を処断し、霊に従って歩む私たちのうちに、律法の要求が満たされるためでした。・・・このように記してあります。

私たちにとってキリストは贖い主であると同時に、私たちの新たな霊的生命の中核です。肉に死に、霊によってキリストと共に生きる。キリストがもはや私たちのうちに生きているのです。私たちは、自分の行いによって救われ、正しい行いをし続けるのではなく、うちに生きておられる、よみがえりの主のいのちによって生かされているのです。

私たちのうちには、善よりも悪に向かい、隣人を愛するよりも、自分を愛する、そのような意思が常に働きますが、キリストに期待し、その信仰により、キリストと共に、守られて、愛に、善にと、生かしていただきたいと、切に願い、今週の初めも、こうして主の前に額づき、主の前に降伏して、主こそがわが神、私を導いて下さいと、祈りをささげています。主が私の人生のハンドルを握って下さい。今週もあなたご自身が私の主です。私が私の人生の主ではありませんと告白して、一週間の旅路に出ようとしています。
抽象的な観念のようですが、信仰とは、頭で理解する側面と共に、感情と意思とを持って、実践によって理解されるという側面も持ちます。自分に死に、キリストに生きるとはどういうことか、知恵として完全に理解することは難しいですが、日々、祈りをささげ、主キリスト、イエス様、私を導いて下さい、恵みのうちに、私を愛に、善に生かして下さい、キリストによって生かして下さいと、祈り続けることはできます。御言葉を求め、生ける御言葉から力を頂き、私を変えて下さいと祈ることが出来ます。
インドの宗教指導者ガンジーが、「私はキリストが好きだ。もしこの世の中のキリスト教徒が皆キリストのようだったら、世界はキリスト教国になっているでしょう」と言ったという事ですが、これも考えさせられる言葉だと思います。

今日お読みいただきました13章は、私たち信仰者が、国家権力とともにどのように生きていくかを記しています。

この手紙が書かれました時、イスラエルは、ローマ帝国の属州として、存在していました。ローマという国の属国の治め方は、かつてのバビロン・アッシリアのように捕囚として遠い所に連れて行って支配するというものではなく、宗教的には寛容で、ある程度の自由と自律をゆるすというものでした。しかしそれは従順に従い、貢物を収めればという条件のもとでのことでした。
ローマは、「すべての道はローマに続く」と言われたほど、近代的な社会整備をしたことで知られ、その国に住む者は大きな恩恵を受けました。帝国ローマという舞台があったからこそ、地中海世界への宣教がスムーズに進んだという側面もあります。
しかし他方、ローマの属州ゆえの冷たい扱いを受けていたというのも、事実です。
ローマ人は、税金だけを納めていればよかったのですが、属州の民は、税のほかに、貢物を要求されました。征服された民の宿命でした。
ローマから総督が派遣され、常に監視下に置かれ、総督はわいろをとるもの、威張り散らすものと、圧制の数々だったようです。
ローマの皇帝では、あの有名な暴君ネロがおりました。このパウロによって書かれた手紙からは何年か後のことですが、ローマに火をつけさせ、それをキリスト教徒のせいにして、大きな迫害をしたこと、動物の皮を着せてクリスチャンを競技場に投げ込み、飢えた犬や狼やライオンを放して、彼らを食い殺すのを競技場に集まるたくさんの人に見せて楽しませたという話、クリスチャンを燃やして夜の明かりにしたとか、様々な出来事がありました。
ついには度重なる我慢の限界から、ユダヤ人の暴動が発生し、ローマ当局によって多数のユダヤ人が殺されたことをきっかけとして、反乱に発展し、70年、ローマによってエルサレムは陥落し、神殿も壊されました。
圧制は、十分にこのローマ書の執筆時代と考えられます、紀元56年には始まっており、ローマによる恩恵を受けつつも、国家によって圧迫され、迫害されつつある状況において今日の個所が書かれたと見ることが出来ると思います。

そのような状況の中でも、パウロは、「人は皆、上に立つ権威に従うべきです」と語ります。なぜなら、ローマの権威であれ、「神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです」とあります。

1ペトロ2:18-19
18召し使いたち、心からおそれ敬って主人に従いなさい。善良で寛大な主人にだけでなく、無慈悲な主人にもそうしなさい。
19 不当な苦しみを受けることになっても、神がそうお望みだとわきまえて苦痛を耐えるなら、それは御心に適うことなのです。

善良な支配者であったとしても、圧制を行う支配者に対しても、今ある権威は神によって建てられたものであるという事が書かれています。
私たちは、どこに目の付けどころを持つべきかという事が教えられます。
この地上の世界を支配する、どんなに大きな支配者、権力者がいようとも、そして彼らが善い支配者であれ、悪い支配者であれ、神様によって立てられているという事です。4節と6節に3回にわたって、権威者は神に仕えるものであると、書いてあります。
結局のところ、世界の支配者は神によって立てられ、神に仕えているという事を知る時に、神様は、世界のどんな権力者をも支配するお方であるという事をまず私たちは知る必要があります。世界は神様のご支配の中にあると知れば、どんな時代においても、安心して生きることが出来るのではないでしょうか。
権威者が、時の権術謀数といいますか、はかりごとずくめで権威を奪い、あとは欲しいままに権威者のエゴを行っているとすれば、これは暗い、恐ろしい話です。権威者とは、力ずくでのし上がった者をしばしば指します。しかしそこにも、確かに、神様のお赦しが働いている。何かの計画が働いていると思えば、私たちは、そこに意味を見出し、不安を持って権威者に対するよりもむしろ、神様のご支配のゆえに、安心して、権威に従う事が出来ます。

自分たちに圧制を持って報いるローマの国に対しても、パウロはその背後にいらっしゃる神様をじっと見つめ、権威に従うべきと、今日私たちに教えています。

2節、従って、権威に逆らう者は、神の定めに背くことになり、背く者は自分の身に裁きを招くでしょう。

その権威の後ろ盾は、神様であるという事、そのことは、どんな権威者であったとしても、神様なくばその権威を与えられてはいない、つまり、どんなに権威権威といっても、神様が彼らに与えている権威なのだから、結局のところ神様を恐れなさい、そして権威者に対して逆らわず、神のゆえに従いなさいということでしょう。

「実際支配者は、善を行うものにそうではないが、悪を行うものには恐ろしい存在です。あなたは権威者を恐れないことを願っている。それなら、善を行いなさい。そうすれば、権威者からほめられるでしょう」 とあります。

権威者との対立構造を作るな、善を行っていれば、何を恐れる必要があるか、悪を行えば恐れなければならないが、善を行っていればほめられることこそあれ、恐れるべき存在ではないではないかと、語られています。
運転中、パトカーが近くにいることが分かりますと、あわててスピードメーターを見たり、後部座席の子供たちがちゃんとシートベルトをしているかが気になります。どこかでパトカーが待ち伏せしていたり、検問があったりしますと、何も悪い事をしていなくても、何かとがめられるような気がして緊張することがあります。
できれば長い高速道路の道すがら、パトカーに出会わず、安心して行きたいと思いますが、全く交通法規を守っていれば、いつどこで覆面パトカーがいても、全く恐ろしいことはないのに・・・と思ったりしますが、どうも時々気がつかないうちにスピードが出ていたりしますと、捕まるのではないかと、ハッとすることがあります。

4節、権威者は、あなたに善を行わせるために、神に仕えるものなのです。しかし、もし悪を行えば、恐れなければなりません。権威者はいたずらに剣を帯びているのではなく、神に仕える者として、悪を行う者に怒りを持って報いるのです。

神に仕えるものなのです。 この言葉がくりかえり語られていて、目を引きます。善を行わせるために、神に仕える者として権威者は剣を帯び、悪を行う者に対して報いているとあります。
確かに、権威者、国家権力という者が、国家の安寧のために働いているという事を私たちは知り、彼らの祝福のために祈るべきです。世界の権威者たちは、無意識にも、神に仕えるわざを行っているのです。善を勧め、悪をくじく働きをしています。それゆえに、権威者たちを恐れ、敬うべきこととして、語られています。
5節、だから、怒りを逃れるためだけでなく、良心のためにも、これに従うべきとあります。
怒りを逃れるために、刑罰を受けないために、法を守り、権力に従うというよりも、自分の良心のために、善の心を守るために、秩序を重んじて、だれからも非難されないように努める、人からどうこうというよりも、自分の良心に恥じないように、善を行わせ、神に仕える権威者たちに従えと語られています。

貢。これは税とは違い、属州の民ならではの、苦痛に満ちた制度でした。しかしそれも、善を行わせるために神に仕え、神によって立てられた権威のためにささげるもの、権威者は神に仕えるもので、神に仕えつつ励んでいるゆえ、貢をささげなさいと教えています。
すべての人に自分の義務を果たし、貢を納め、税を納め、恐るべき人は恐れ、敬うべき人は敬いなさいと、非常に穏健な教えが語られています。

まさに今日の個所は、敵に対して祝福を祈りなさい、愛に偽りがあってはいけませんと語られた、先週の個所の続きをなすものです。
ローマ帝国の圧制にもかかわらず、神に立てられた権威、神に仕え善をなす権威と恐れ敬う、この事が教えられています。
あらゆる法に従い、権力者を恐れずに生きる。曇り一つない晴天の空のように生きる。時に難しいことです。しかし、善を行い、圧制を敷く権威者からも褒められるほどに、馬鹿がつくような正直者に生きるという事が今日教えられているのではないでしょうか。
刑罰を逃れるためというよりも、自分の良心のために、これを行うのです。

ただ問題は、国家が、罪なき者を罪に定めようとする時にどうするか、国家が、罪を強要する時にどうするか、という事です。
内村鑑三は、不敬罪、天皇陛下の勅書に最敬礼をしなかったため敬いがないとの罪に問われたことがありました。ゆがむ国家像の中で苦しんだその人でありました。
彼はその中で、キリストを見上げることを語りました。キリストは、無実のまま何の釈明もせずに処刑されたと、非暴力による解決を諭しました。徴兵に対しても答え、戦地でだれも殺さずに弾に打たれて死ねばよいではないかと語りました。

この手紙は、暴君ネロによって迫害される前、まだいわば、平和が保たれている時に書かれた手紙です。しかし、状況が変わったからと言って、後のクリスチャンは、このパウロの手紙を無効とはしませんでした。彼らは熾烈な迫害の中にもかかわらず、キリストの従順な死を思い、迫害にひかれて行きました。武力を集めて反乱するようなことはありませんでした。
70年、ユダヤ人たちは、反乱をおこし、エルサレムは陥落の一途をたどりました。

キリストに生きる。神を見続け、神の支配を信じ、取り乱さずに世界の秩序に従い続ける。これが神様の望んでおられることです。人を殺せ、そうしなければお前を殺すぞと言われるようなことがあったとしても、なんのためらいもなく、自分の首を差し出す、うちに神様の支配を固く信じ、時の権力の中で善と良心を選んでいく、こういう強さの中で、ついに西暦300年を過ぎるころ、ネロに殺された屍から200年以上も過ぎた時、神様の時がなされるという事、ローマでキリスト教が国教にされるという事が起こるのです。
上に立つ権威に従い、愛し、神の律法を固く守り、支配者と関わる時、神の時があらわされます。
神に仕える良き権威者が世界をおさめますようにと祈ってやみません。もしも良き権威者が現れない時も、私たちの犠牲がやがて世界を動かすのです。
今週も、神様を見上げて、歩んでまいりましょう。

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