説教ノート

2007年2月4日 主の2007年降誕節第6主日
「神の聖化2: 罪の奴隷と義の奴隷」
ローマの信徒への手紙6章15〜23節(新共同訳)

序論

  • 神の聖化とは、キリスト・イエス様と一つになって生きることにより、神のご性質により似せられることを意味しています。神の幕屋の祭司の本質です。
  • 神の聖」という概念は、神の人、モーセを通して、神ご自身啓示なさったものです。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから」とモーセに仰せになったのです。

本論

  • イスラエルの出エジプトは、愛の神が「祭司の王国」を建設するためでした。
  • 教会は、今の時代の神の義と愛を示す「祭司の王国」です。

  • ローマ6章15〜18節: 神の聖化は、義の僕(奴隷)とされることです。
  • 15節: 神の律法と神の恵みを対立関係に描くことをパウロは避けています。
  • 16〜18節: 「=サタン」と「=従順」とを対比し、「罪からの解放」をパウロははっきり宣言しています(18)。
  • 神の「聖化」は、「義の僕」とされている「恵み」の確認と確信が大事なのです。

  • ローマ6章19〜22節: 神の聖化は、義の僕(奴隷)として仕えることです。
  • 19〜20節: 「罪の奴隷」であった時をパウロは、回顧するように語りつつ、「義の僕」として選ばれた恵み」を示します。
  • 神の律法は、神に仕える「祭司の国支配」を神の民に託すためのものです。
  • 主イエス様は、10の契約のことばを「神の愛」に集約されました。
  • 義の僕」とは、「神の愛の僕」です。

  • ローマ6章23節: 神の聖化は、義のいのち生きることです。
  • 23節: 罪の奴隷から義の奴隷とされた恵みを要約した有名な聖句です。
  • 神の「賜物・カリスマ」の「永遠」の「いのち」は、「報酬」ではなく、「義の僕」への恵みであり、祝福であるということです。
  • 主イエス様の山上の幸福説教の1節、「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです」(マタイ5:5)は、「神の義の奴隷」とされることによってのみ、この絶望感から解放されたという真摯な告白です。

結論

  • 罪のもたらすものは、死と死の恐怖でしょうが、主にある恵みは、死に打ち勝つ愛のいのちなのです。神の義の祭司は、罪への勝利を示す愛の僕なのです。


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