説教ノート
2006年11月19日 主の降誕前第6主日
「滅びを招く罪の本質3: 主の怒りを積み上げる罪」
ローマの信徒への手紙2章1-11節(新共同訳)
序論
- パウロは、ユダヤ人同胞の本質的罪をも、指摘しています。
- 主の怒りを「積み上げる」とは、貯金することを意味します。
- 罪の貯蓄は、決して、平安や安定をもたらしません。
- 真実の神の民が積立てるべき貯金は、赦された罪の貯蓄です。
本論
- ローマ2章2節: 私たちは、神の裁きの正しさを知っているのです。
- 1節: 裁きとは、「有罪か無罪か」の判決のことで、「罪に定める」(1)は、有罪判決のことです。
- 異邦人の罪をパウロが列挙するとき、神の民と自認するユダヤ人は異邦人を有罪とし、自分たちを無罪と考えやすいと、パウロは指摘します。
- ユダヤ人も、1章18-32節の罪なしと「弁明できない」ことを知っていると、パウロは指摘します。
- 「弁明できない」とは、3節の説明のように、裁く人自身が裁かれた人と同じことを行なっているからで、同じ条件のもとで、異邦人キリスト者が神のことばに 聴き、ローマ皇帝の暴挙に耐えて、神の栄光を現しているのに、ユダヤ人は、益々「強情」になっているということです。
- 神の「正しさ」(5)は、人の不敬虔と不正に対して誤魔化さないことです。
- ローマ書2章4、7、10-11節: 神の裁きは、慈愛、忍耐、寛容に基づきます。
- 4節: 「慈愛と忍耐と寛容」を同胞が軽んじていることをパウロは指摘します。
- パウロは、「慈愛と寛容」、「2つの忍耐」という2重表現で、神の心を示します。
- 善を行なう(10)とは、「悔い改め」、神の「慈愛、忍耐、寛容」に心を向けること、すなわち、「忍耐して」、神からの「栄光、誉れ、不滅のもの」を求めることです。
- これらは、神の国に属し、主イエス様が、ことばと生活を通して啓示されました。
- パウロは、ユダヤ人も、異邦人も、神の国を求める者、罪ゆえに滅びしかないと告白する者に、「不滅のもの」、「永遠のいのち」を用意された主を示します。
- 主は、よい羊飼いです。主のお求めの善行とは、神と人を愛しぬくことです。
結論
- 32節: パウロは、「神の義」を「神の愛」の「啓示」としています。
- それは、「神の義・神の怒り」に悔い改めで応答できるからです。
- 裁きは、神のものです。神に返すべきです。それが、天国貯金です。
- そして、各自の手には、罪に定めることに代えて、「赦しの福音のことば」を持ちたい。世の光として、私たちは、神の「栄光、誉れ、不滅のもの」を現わしたい。
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